図書館

満鉄京城図書館案内

「韓人の近代化を助けよ」伊藤博文より伝えられた明治天皇の大御心おおみこころに従い始まった政策は併合後ののちも朝鮮総督府に引き継がれ、さらに加速しました。
実学の普及と家柄や階級によらない人材育成・登用の為の近代的な試験の導入、読書という娯楽の提供・・・図書館の設置もまた日本による朝鮮半島近代化がもたらしたものでした。

書籍類も建築資材同様、日本各地(一部は教育機関からの供出)から下関港・博多港に集められ船で運ばれました。買い付けられた洋書も仁川港や釜山港から汽車で運ばれ、内地(日本本土)の寒村地域よりも立派な図書館が作られていきました。

全鮮図書館数と蔵書数

館数 和漢書 洋書
昭和8年度 51館 385,651  22,325
昭和10年度 46館 571,897  23,201
昭和12年度 44館 560,880  21,600

初期の図書館のひとつが龍山駅側の南満州鉄道株式会社の運営していた満鉄京城図書館になります。本も集まれば重いですので、輸送の便利上このような鉄道施設に近いところから作られました。

下側オレンジ線が鉄道病院 が図書館 京城元町小学校 第二高等女学校


場所の案内図 上の地図とは漢江の位置的に逆さまになります。1923(大正12年)と表記されていますが、この年関東大震災がありました。すでにバス停留所もあるのが分かります。
現代と変わらず、近隣から利用者が徒歩やバスで訪れていました。


蔵書案内です。多岐に渡っているのが分かります。下は一部紹介。

朝鮮(含満蒙ふくむまんもう) 朝鮮関連書や満州・モンゴルに関する書籍
幼年用図書 子供向けの図書です。まだ本が高かった時代ですので、ここから借り受け周囲の幼稚園の児童への読み聞かせにも使われていたそうです。
基督教きりすときょう 佛教や儒教、神道同様、宗教の自由は認められていましたので、それらの蔵書も閲覧、貸出可能でした。
教育 近代的試験導入は同時にその対策を生み出しました。いわゆる虎の巻(対策・問題集)です。周囲の学生(朝鮮人も差別されていません。席が違う、部屋が違うなども当然ありません)もここで勉学に励みました。
近隣の学校で臨時に必要な教材もここで借り受けられました。


鉄道を使った貸し本のデリバリー、列車内の乗客への貸し出しや月賦(ローン)による図書の取次も代行し書店の代わりもしていました。南満州鉄道株式会社は今の鉄道会社のようなもので様々な事業(鉄道・旅行案内・ホテル経営・娯楽施設経営等)を行っていました。朝鮮内にも事業展開をしていたということが案外知られていませんが、こういうところも含めて朝鮮・満州人脈は繋がっていました。


閲覧室風景 日本よりも娯楽の乏しかった朝鮮社会にあって、図書館は近代的学問の普及と娯楽提供の両輪として賑わいました。


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