旭日旗

日本の旗の一つでしかない旭日旗きょくじつき

昭和年鑑(昭和15年版・2600)

天皇旗 皇后旗・皇太后旗 摂政旗 皇太子旗
皇族旗 国旗 歩兵連隊旗 騎兵連隊旗
軍艦旗 海軍大臣旗 歩兵第一大隊旗 歩兵第二大隊旗
海軍大将旗 海軍中将旗 歩兵第三大隊旗 陸軍測量部旗
海軍少将旗 代将旗(海軍) 陸軍輸送船旗 在郷軍人会会旗
先任旗(海軍) 海軍司令旗 近衛騎兵儀仗旗 秋季演習統監部旗
海軍長旗 義勇艦隊旗 赤十字旗 鉄道省汽船旗
海軍測量艇旗 海軍輸送船旗 郵便船車旗 税関旗

上資料の旗の名前一覧(当時のものは右から読んでいきます)

朝鮮半島の場合、海軍旗は軍港・寄港地でしか見ることはなかったそうです。
陸軍歩兵連隊旗、騎兵連隊旗は挙行式後の行軍、出兵時、日本陸軍将校が車で移動する際掲げられるのを見る程度。あとは祝日、決起集会等で掲げられるくらいで日常は国旗(日の丸)のみが多かったそうです。

下の写真は父の恩師が朝鮮より出兵(正確には入営といって軍施設での訓練に入ってそれを終えたのち出兵となります)される前に教え子達と撮られたものになります。拡大部分で日章旗(日の丸)と旭日旗が併用してあるのが分かります。当時は出征しゅっせいの晴れの門出かどでを祝うと、この様な形での使われ方が多かったそうです。


皇族に次ぐ地位を与えられていた旧韓国王族

現在の韓国では歴史が改ざんされていますので、韓国国民は良くわからないのでしょうが、昌徳宮(李王家)当主李王垠りおうぎん殿下大勲位だいくんい陸軍少将李鍵公りけんこう殿下くん一等陸軍騎兵大尉ですので日章旗、旭日旗はためく下で日本兵から敬礼をうけていました。
終戦まで李王家(まだ国をお持ちではない状態でしたのでではなくになっています。近い将来ではなく韓国皇帝陛下並びに韓国御皇族となる予定でした)は王族でもあり日本軍軍人でもありました。

point慰安婦の強制連行問題でいうと、あの主張の通りなら朝鮮軍(第20師団管区)は恐れ多くも皇族に次ぐ地位をお持ちで栄光ある帝国陸軍の高位者にして朝鮮半島の将来の統治者李王家のたみをさらうという大罪を犯していたということになります。

日韓通信事業合同五周年記念のはがきになります。
郵便・電信・電話現業執務げんぎょうしつむ実況図に郵便行嚢こうのう(郵便で使う袋)および電話機を配し。なお朝日鶏鳴けいめいの様を添えて鶏林八道けいりんはちどうの意(李氏朝鮮時代の8道体制と新羅しらぎ脱解王だっかいおうの伝説をかけて)を偶したものである。とあるように朝日をデザインして、陽の光=伸びるインフラにかけているだけで旭日に悪意などありません。
日本とすれば旧韓国を助け、インフラが広がっていってめでたいことですという意味でした。ニワトリが鳴き朝が訪れ顔を出した太陽はこれからさらに高みへと昇っていく。
日本の援助による近代化によって韓国は益々発展していくことにもかけてもあります。



皇基こうき(天皇が国を治める事業の基礎)を護ると、国民を善導(より良い方向へ導く)
天皇=太陽と光導くをかけて、地平線から顔をのぞかせている旭日がデザインされています。
これも悪意があったわけではなく当時はこういう考えが普通だったということです。

point京城に居た日本の新聞社は当然、日章旗・旭日旗がどう扱われていたか知っているはずですが、誤解を解こうとはしないでむしろ政治利用しようとしている感すらあります。
昭和13年から終戦までの間、朝鮮人志願兵誕生間地まぢかで見ていて、彼らをめそやし戦地に送った責任は日本の新聞社にもあるのです。
日本の戦争に協力して下さった方達に対し、民族浄化を行ったナチスの党旗と同一視するような韓国の政治的行動を無批判に受け入れるということが、どれ程の恥辱を与えることになるのかすら考えられなくなってしまったようで残念です。