伊藤公全集より

日韓両帝の聖意せいいは韓国の富強を図るに在り

韓皇帝陛下が南北にわたりこの礽寒きかん(きびしい寒さ)をおか巡行じゅんこうせらるる真意は、其臣民そのしんみん愛撫あいぶせらるる深厚しんこうなる誠意せいいに出づ。

ことの地は韓国北部の邊境へんきょう(都から遠く離れた場所)に在り。この邊境の臣民たる者及び日本より来住したる者は、等しく韓皇愛民の聖意を服膺ふくよう(心にとどめおいてそれに従う)し、その徳をしたい、其じん(思いやりの心)に感ぜざるべからず。

本官は総監そうかんとして此の国に荏む三年、日本が韓国を保護する所以ゆえん(わけ)は、韓国の力(わずか)にして自ら其邦土そのほうど(国土)を守るあたわざる(守ることが出来ない)に
韓皇巡行の真意も、富強をはかり臣民の力を進め、韓国をして自ら自国の扶植ふしょくを図らしめんとせらるるに在り。

ゆえに日本の韓国を保護するも、韓皇の自ら民を愛撫せらるるも、共に韓国の富強を図らんためなり。

れ本官が韓皇の希望に喜んで四方巡狩じゅんしゅ(視察しさつ)に陪従ばいじゅうし、かたわら総監たる職務に必要なる観察を所以ゆえんなり。

諸君も、その日本人たると韓人たるとにかかわらず、の地に居住する者は記憶せん、日本は韓国独立を扶植ふしょくせんとし、先に對岸たいがんの清国と戦い、後には此の地において更に露国ロシアと對抗し、いずれも第一に此の邊境へんきょうの地を争い、進んで満州まんしゅうの野に入れり。
此等これらの戦争の結果が、反對に出づれば如何。此の邦土ほうどは他国の有にし居ること本官のげんまたたずして、明らかなり。

今日日本の韓国を扶植するは、全く韓国の微弱なるがめなり。これを助けこれを進め、韓国臣民をして将来我が良友たらしめんと欲するのみ、邊境の人民たるもの此の事理じり(物事の道理)を明かに了解せざるべからず。

人若ひともし生を安んぜざれば(平和に穏やかに生きたいのなら)、邦家ほうか(自国)の爲めにはかる(計画する・努力する)の餘地よちなし。ゆえに国民たる者は、農工商に論莫ろんなともに其のぎょう精励せいれい(精一杯努力する)し、自ら其生に安んじて国土の隆盛りゅうせいを図らざるべからず、韓皇の玉體ぎょくたいを労せらるるは、臣民の幸福を増進せられんとするに在り。

日本の韓国を保護する所以ゆえんも、また韓民の富強を謀るに在れば、其趣旨そのしゅしは即ち揆を一にして相悖あいもとらず(同じで違いはない)。此の邊境に居住する両国臣民は、この歓迎會にけるがごとく、互いに兄弟の如く相親あいしたしみ韓国の進運に力をいたさざるべからず(力をふるわなければならない)。

本日は多言をついやさず、諸君の好意を感謝し、諸君が、韓皇の仁愛なる聖澤せいたくに浴せんことを希望し、つ在義州両国民の幸福を祈る。

明治42年2月29日義州歓迎會席上におい

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